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“福祉の人” 秋山ちえ子先生のこと ― 謹んでご冥福をお祈りいたします ―
2016-04-25
秋山ちえ子先生が、お亡くなりになりました。99歳でした。
先生のことは、テレビ・新聞等でも報じられていますが、先生が、「障害者福祉」でも、大きな貢献をなさっていることは、ほとんど触れられていません。
私が、常日頃、敬愛し愛読している「VOX DEI,VOX POPULI(天声人語)」でも触れていないので、私の知る限りでのことですが、秋山ちえ子先生と福祉の関わりを知っていただかなくてはと思い、先生との思い出を書こうと思います。
私が先生と初めて知り合ったのは、実は、私が、TBSで、ラジオ番組制作のディレクターをしていたときです。先生は、「秋山ちえ子の談話室」の前身の「昼の話題」でご活躍でした。その番組の担当が同期のNさんでした。Nさんとご一緒に、先生のご自宅にお邪魔した時のこと。お昼をご馳走になったのですが、ちらし寿司のお弁当とサラダでした。サラダ菜とキュウリにドレッシングがかけてあるだけのシンプルなサラダだったのですが、そのおいしかったこと!どちらも、ご自宅の庭で栽培した朝採りのものだったのですね。この絶妙な組み合わせのサラダを、私は、いまでもす大好きです。
ところで、当時、秋山先生は、茅誠司先生(元東大学長)、井深大ソニー創業者とともに、「福祉3羽カラス」と呼ばれていたのを、ご存じでしょうか。
秋山先生はジャーナリストとして、茅先生は学者・知識人として、井深会長は財界人として、3人ご一緒に障害者施設への援助や講演等、障害をもった人たちに対する支援や啓発をなさっていました。その一つ、大分県の社会福祉法人「太陽の家」の「応援団」として、障害者を就労につなげていったご功績は知る人は知る!以後、「障害者福祉・障害者の就労」という言葉が社会的に認知されていったように思います。
秋山先生には、けやきの郷設立にも、大きなお力をいただきました。
私の1人息子が自閉症と診断され、それをきっかけに私はTBSを辞め、自閉症児者親の会・日本自閉症協会で広報等を担当、その中で、学校設立運動、けやきの郷設立に関わってきましたが、けやきの郷の設立の中で地域から反対運動にあいました。
この反対運動は、マスコミからも「障害者の人権問題」として報道されましたが、けやきの郷の初代理事長であった茅先生のお仲間である秋山先生は、H村まで出向いて、永六輔氏らとともに、福祉について、障害者について、地域の人たちに諄々とお話しくださったのでした。設立資金のためのチャリティ公演にもお力をいただき、設立後も、財力のない私たち法人に対して、さまざまな方々に繋げてくださいました。「秋山ちえ子の談話室」やご著書でも、「けやきの郷」を取り上げ、勇気づけ、元気づけてくださいました。
私ごとになりますが、私の初めての児童書「歌は忘れない」を、金の星社にご紹介くださったのも先生です。これは、自閉症の子どもが、その特異な能力で犯人をつきとめるという「探偵物語」ですが、2作目の「謎の鳥屋敷」が、日本児童文芸家協会新人賞を受賞したときには、先生が受賞パーティにかけつけ、「談話室」でも取り上げて下さったことは、いまも感激です。
最後にお目にかかったのは何年前でしょうか。「談話室」の録音最終日で、その日、私はTBSのスタジオにかけつけ、花束をお渡ししたのを覚えています。11年前には、「けやきの郷」が設立20年を迎え、記念誌に先生のお原稿をいただきたく、お電話でお願いし快諾していただいたのが、先生と直接お話した最後だったでしょうか。
先生は、お祝辞の中で、「私の芯の第一は、もめごと特に国際間の争い事の解決に戦争というものを使ってはいけないということ・・・・もう一つの芯は置き去りにされる人がいない社会を作ることだった」として、私たちの名前を挙げてくださっています。
そして、「88歳の私の今年の希いの一つに、もう一度”けやきの郷“に行ってみたいがある。その時は自閉症児・者のためにつくされた皆様におあいして心からお礼を申し上げたい。”けやきの郷“20周年・・・本当に、本当に、よくおやりになりました。『お見事!ありがとうございました』と。」とあります。
 
先生
けやきの郷も、あれから11年、去年、30周年の祝賀式を行いました。
先生のお言葉にきちんと応えることが出来るように、「お見事!」といわれるように、私たちは、自閉症の人たちのために頑張っていきます。
 
 
春は、別れと新しいスタートの風が――「けやきは一つ!」
2016-04-06
春は、別れと新しいスタートの風が
――「けやきは一つ!」
 
 
3月は、Wind inMarch です。「別れの風」と「スタートの風」が吹きます。
けやきに吹いた風2つをご紹介しますね。
 
1,「ほっとはーと わくわくおいしいコンサート」最終回

「ほっとはーと」は、43年にわたって音楽活動を行ってきた橋井晴彦さんをリーダーとして、15年前、音楽を真ん中に、障害の有無を問わず、みんなで一緒に楽しい時を過ごすことをめざして誕生した音楽グループです。橋井さんの「晴れたらいいね」は、東日本大震災の後、福島県相馬市の子どもさん・ご家族のために、厚生労働省児童健全育成推進財団の職員の方などとともに行なったコンサートのために作られた曲なので、ご存じの方もあるかもしれませんね。
橋井さんとけやきの郷との出会いは、平成9年の12月、支援施設「初雁の家」での月1回の音楽療法をはじめたのがきっかけでした。13年に「ほっとはーと」が誕生。14年3月に、「わくわくおいしいコンサート」を川越市の西文化会館で開催したのが第1回目でした。
けやきの郷の利用者は、音楽が好きな方が多く、「ほっとはーと」の皆さんの音楽が流れると、自然に体を揺らしたり、動かしたり、歌ったり、口ずさんだり、と、豊かな心の表情を見せてくれます。「けやき祭り」でも出演していただき、利用者は、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。「わくわくおいしいコンサート」では、利用者の皆さんも舞台に上がり、コンサートの共演もさせていただいています。
そのコンサートが、今回で終わり!本当に残念ですが、最終回ということで、けやきの郷の利用者をはじめ、橋井さんとご縁のある仲間たちが集まり、歌い、踊り、会場は、拍手と汗と笑顔と涙に包まれました。
「ほっとはーと」の皆さんとのつながり、それは、音であり、笑顔であり、心であり、と、思いを寄せています。
橋井さんは、けやきの郷のテーマソング「やったね」も作ってくださいました。
「やったね」は、けやきの郷でのイベントでは、必ず歌われ、けやきの利用者を職員を支えています。
橋井さん、「ほっとはーと」の皆様、長い間、けやきの郷を支えてくださり、ありがとうございました。「ほっとはーと」は、私たちの心をあたため、成長させてくださいました。
これからも「やったね」は、私たちを勇気づけ、つないでくれます!
(ワークセンターけやき 水野努)
 
 
2,2つ目の「風」は「やまびこ製作所と初雁の家の作業連結発足式」

4月1日、パレット(木製荷台)が山積みになっている「やまびこ製作所」の前で、「初雁の家の作業連結発足式」が行われました。発足式では、やまびこの利用者26名と、初雁の家の利用者8名とが挨拶と握手をし、これから、ともに、一つになって作業をやっていこう! おー! と励ましあいました。
けやきの郷には、現在、利用者を支援する事業所として、4つの事業所があります。①入所施設「初雁の家」② 働く場として、A型事業所の「やまびこ製作所」③多機能型施設(通所)「ワークセンターけやき」④地域で暮らす場としてのグループホーム、――それぞれ、利用者のニーズに合わせ、作ってきたものです。 その他、県から委託を受けた発達障害者支援センターと、利用計画を作成する指定特定計画相談室があります。
31年前、最初に開所したのが、入所施設「初雁の家」でした。現在の定員は40名ですが、当時は50名。そのうち、33名がグループホームに移行し、日中は「やまびこ製作所」と「ワークセンターけやき」で働いています。
「初雁の家」には、「製パン班」「ソーラー班―模型のNゲージの列車の組み立て」「解体班―手帳の解体」「工房班―紙すき」「こまつな班―空き缶つぶし」と、5つの班があり、それぞれ、長い誇るべき歴史があります。
製パン班のパンは、有機栽培の小麦粉を使い、添加物は一切ありません。だから、安全でおいしいと評判です。Nゲージの列車模型も台車の一部を作っているのですが、実に細かい作業です。細部にこだわる彼らだからこそ見事に出来るんだと見とれてしまいます。空き缶つぶし班でも、プルタブを丁寧にとって針金に通していくのが大好きな人もいます。
40人のだれもが、どこかの班に属して作業をしていますが、この4月から、この解体班の人たちが、「やまびこ製作所」の作業の一部を共に行うことになりました。それは、どうしてか。「けやきは一つ」だからです。汗水流し、道具を使って働くことが好きな人たちがいるからです。
「やまびこ製作所」と、「初雁の家」は、隣同士です。「初雁の家」からは、「やまびこ」の利用者が、バンバン音を立ててパレットを打ったり、材木を運ぶ「音」が聞こえます。「やまびこ」と「初雁」の間に垣根はありません。心の垣根もないよ・・・。
3月から吹き始めたwind(風)が、4月にはshowers(雨)を降らせ、そしてBud in May で、5月には、「芽」をふきます。「けやきは一つ」の芽を。そして、「けやき」の根っこがさらに張っていくのです。                    
(阿部叔子)
 
 
ビーズを使った作品作り
2016-03-09
男性棟Ⅰの制作活動、記念すべき初作品「けやき」が完成しました!!       
~初雁の家での余暇支援 (ビーズを使った作品作り)~
                         
平成28年度・初雁の家男性棟Ⅰ職員
                               
 初雁の家男性棟Ⅰでビーズ余暇支援を始めようとしたのは、昨年12月初旬のことでした。
 けやきの郷の理念の中に【豊に・幸せに・責任を持って生きる】というものがあります。豊で幸せな人生を利用者さんが過ごすためには何が必要なのか・・・、職員としてそのようなことを考えながら支援を行なっていました。
 人生は限られた時間の中、生きていかなければなりません。1日も1年もたった24時間・365日、そんな限られた時の中、初雁の家の中で楽しい時間・やりがいを感じる事の出来る時間を提供する事はとても大切で、職員としての大きな課題であることを常に実感していました。もちろん試行錯誤しながら棟の職員は色々な余暇を提供してきました。
 その中で施設職員として、より豊かに幸せに時間を過ごすことを頭に置きながら、達成感とやりがいのあることを探していこうと考え、行き着いた支援は「ビーズ」でした。初雁の家の利用者さんは、重度と判定されている方が多いですが【働くことを療育の中心に】と言う理念の基、何十年もの間職人のように仕事をしてきた器用な利用者さんばかりです。仕事が出来て、褒められれば誰だって嬉しいし頑張れる。そのように初雁の利用者さんは職員と共に成長してきたのだと感じます。ビーズの作品作りは少しずつ、地道に行なった事が形となり、みんなの一粒が繋がる素晴らしさは感動すら覚え、そして一緒に作品を作ってくれた利用者さんと職員で一体感が出ます。事実、今回作品として出来上がった物は少しずつ夕食後の余暇時間に小さなビーズをワイヤーに1粒ずつ通し、1日10粒、1日1本とそれぞれのペースに合わせて、少しずつ制作してきた物です。出来上がった作品を見ると、少しでも制作に関われた者として、ぐっと熱いものがこみ上げてきました。
 
 ある利用者さんは次から次へとビーズを通していきます。
 ある利用者さんは1つずつ丁寧にビーズを通していきます。
 ある利用者さんは職員から手渡しで受け取ることで、ビーズを通してくれます。
 ある利用者さんは声を出して笑いながら、楽しそうにビーズを通してくれます。
 ある利用者さんはビーズの色を見ながら配列を考え、一定の順番に通してくれます。 
 ある利用者さんは皆がビーズを通しているのを興味深く見ています。「興味あるならやってみますか?」と職員が聞くと「嫌!」と言います。
それでもずっと見ているので、机にワイヤーとビーズを用意すると、用意された全てのビーズをパッと通してくれました。この一人ひとりの行動に「こんなことも出来るんだ!こんな才能があったんだ!」と毎日のように新たな発見の連続で、職員もわくわくしながら、利用者さんと一緒に楽しく制作をすることができました。
毎日の積み重ねは力になります。私達は利用者さんの余暇を通して教えられた事が今回たくさんあったと思います。
 

この「けやき」の作品は初雁の家の正面玄関に飾ってあります。お立ち寄りの際は是非見ていってください!
今後も少しずつ制作を続け、いつか玄関を皆の作品でいっぱいに出来たらと思います。
そのために利用者さんと職員が、共に同じ目標に向かって毎日楽しく活動を行っていければと思います。
これから皆のどんな秘められた才能が開花していくか楽しみです。
制作活動開始から約2ヶ月間、毎日コツコツ皆で協力してやってきた作品です。
 
年の暮れー「第九」が教えてくれたことはー
2015-12-25
「組織はオーケストラだ!お互いの音を聴き合い、ハーモニーの世界を紡ごう」
 
 年の暮れとなりました。 恒例のベートーベンの「第九」が、きこえてくる季節です。
・・・ので、今回は、ちょっと、「第九」にからんで、「第九」が教えてくれたことを書きます。
私は、ときどき、職員と雑談します。読んでいる本のこととか、好きな音楽の話とか。
でも、正直いって、年の差もあってか、話が合わないこともあります。施設のこととか、自閉症のこととか、福祉のことなどなら、話は延々、何時間でもつづくのですが、「本」や「音楽」はなかなか合わないなかで、「おーっ!」と何人かが賛成、感嘆してくれたのが、「組織って、オーケストラだ」という私の持論に対してでした。
組織って、オーケストラなんだと、私は思っています。美しい音を紡ぐためには、人の心を揺り動かす音を紡ぐためには、奏者も指揮者も、お互いの音を聴き合い、一体となって調和して音を作っていかなければならない。施設だって同じです。利用者と職員の、職員同士の、親と職員との「聴きあい調和する心」がなければ、人間が人間を支え合っていく生きた施設にはならない!
 
 オーケストラを、生で聴いたことありますか。あの迫力を肌で感じたことがありますか。 私の、オーケストラ初体験は高校3年。何十年も前の高校3年ですが。
音楽の先生にN響のチケットをもらい、日比谷公会堂で(いま、日比谷公会堂でのクラシックの演奏会など、ほとんどありませんが、あのころは日比谷公会堂が定番のホールでした)。実は、開演に遅れてしまって、恐る恐る重い扉を開いたのですが、その途端、うわっ!と飛び込んできたのが、ベートーベンの「第九」でした。もう、第4楽章になるところ、合唱のはじまるところでした。「フロイデ!」とバリトン。「フロイデ!」と合唱。
その途端、涙がどっと溢れました。思ってもいなかったことでした。音が、迫ってきたのです。圧倒的な豊かさで、真剣さで。生きているってことって、こういうことなんだ・。生きていると、こういう喜びがあるんだ・・・いま、考えても言葉にはならないのですが、
喜びで感動で体が震えたのです。
ピアノは小学校のときから習っていて、それなりに、バイオリンだのチェロなどと合奏もしてもいたし、合唱の楽しさも経験していたのですが、東京まで、3時間に1本の汽車しかない、それも、何度か乗り換えて、という田舎者の悲しさ・・・。生のオーケストラは、はじめてでした。種類の違う、いろんな役目の楽器たちが、指揮者のもとに、一つになって、生きていることの喜びを楽しさを悩みをつたえようと、必死になっている・・・。指揮者に向かって、バイオリンも、チェロも、フルートもオーボエもホルンも、合唱の音大の学生さんたちも、全身を傾けて弾き、歌っている、聴衆を巻き込んでの一体感・・・あの感動は、一生忘れない!
東日本大震災のズービン・メータ指揮のチャリティイ・コンサートも、そうでした。
「G線上のアリア」からはじまって、渾身の「第九」。苦悩、望み、祈り・・・共感、共有・・・・テレビ画面の中の聴衆も泣いていました・・・。
 ズービン・メータの祈りが、奏者の祈りとなって、指揮者であるメータに向かって、一体となって、私たちに届いている。まさに、最高のコミュニケーションが、そこにはある。
 だからなんです。私が、組織はオーケストラなんだ、あるべきだ、というのは。利用者は1人ひとりちがう。フルートのように軽やかな人もいれば、チューバのように、頑張って頑張って音をださないと、お尻を押してあげないと音が出ない、という人もいる。
 楽譜は理念。その理念を、どう具現化するのかが指揮者であり、組織のトップであり、奏者である職員。
 一生に一度でいいから、オーケストラを振ってみたいのだけれど、出来そうにもないから、それは、さておき、けやきの郷が、利用者が、家族が、職員が輝くためには、みんな一体となって、オーケストラの一員となって、お互いの音を聴きあい、音を紡いでいかなければならない。何に向かって? そう、理念に向かって!設立時の想いに向かって。
大晦日は、「第九」を聴きましょう。音楽が大好きで「歓喜の歌」を時々口ずさんでいる最重度のわが子とともに。
 
 
炊き出し訓練、おにぎり、上手にできました!
2015-12-08
 災害対策委員会
  けやきの郷は、川越市のハザードマップに、「福祉避難所」として記載されています。
「福祉避難所」って、何でしょうか。災害時に、一般の避難所では生活することが困難と思われる、たとえば、障害をもった人、要介護高齢者などを中心に受け入れる避難所です。
 川越市の西北に位置する「けやきの郷」の「初雁の家」も、福祉避難所として指定されています。
とすると、災害時には、ここで炊き出しもすることになるーそのためには、災害時にも冷静に対処できるような「術」を身につけよう・・・そんな発想から、災害対策委員会の今年度の訓練として、炊き出し訓練を行う計画を立てました。
 実際に、被災した場合には、建物内で電気やガスは、まず使えないと思った方がよい。そのためには、外で調理できるくらいの技術を身につけたい。でも、最初から、そんな「高望み」は無理かも。としたら、今回は、内部の調理器も使うが、2年目、3年目は、すべて外でとステップアップしていこうーー、また、今年は、保護者にも協力してもらうが、地域や、外部の関係者にも関わっていただき、「繋がり」を深めたい・・・
200名が避難するとして、おにぎり400個、豚汁200杯。
そのためには、お米は20キロ、豚汁の材料はえーと・・・
お釜は?初雁の家にあるので、それを使用。豚汁用のガスは? これは、東上ガスさんから、ガスボンベもコンロも借りることができる・・・
当日は、8時半からお米炊き、豚汁用野菜・肉を切りはじめ、保護者にも参加してもらって、おにぎりを作っていく・・・
12時に、各事業所で避難訓練。無事、避難してところで、「被災した」との想定で、福祉避難所である「初雁の家」に集合し、園庭に敷かれたブルーシートの上で、炊き出しのおにぎりと、豚汁を食べる・・・。
というスケジュールで、当日、「被災した」利用者は、いささか冷たくなったおにぎりと、あたたかい豚汁を食べ、無事、炊き出し訓練は終了。災害対策委員は、ほんとにほっとしました!
といっても、反省点は、といえば、いくつかありましたね。
まず、「お釜でたく」といっても、お釜でたいたことのない職員ばかり。そこで、出番となったのは、ボランティアで参加していた保護者、それもお父さんでした。木っ端に火をつけることからはじまって、お焦げには、さっとお醤油をかけてむらすと、何と、香ばしい焼きおにぎりができて!「こんなこともしらねえのかい」と、お父さんは大の得意顔です。「木っ端に火をつけるのも、これからは、文明の利器も利用しようよ」「地域の自治会といっしょに合同訓練しようよ」等々。
 はじめての炊き出し訓練は、まずは、わくわく、どきどきの、レク気分で終わりましたが、また、随時、ステップアップと地域との連携をはかっていきたいと張り切っているところです。
最後に、ご指導をいただきました、NPO法人 東上まちづくりフォーラム(志木市)さま、ありがとうございました。
 
 
 
根気と情熱と。 ~支援者スキルアップ研修「強度行動障害」から~
2015-11-14
  今年もやりました!!昨年に続き法人内全体研修。受講生は新人から6年目までの男女数十名。かたや講師は入職20年超の大ベテラン。支援者のスキルアップを目指した今年のテーマは「強度行動障害」。
 自閉症の利用者が9割を超える当法人にとって「強度行動障害」の理解とその支援は必須のもの。終了後、受講生からの声は「わかりやすかった」、「理解できた」が大半をしめた。ちょっとまって…ホントかな??
 あたまでは理解できても、実際の支援に活かし問題となっている行動を未然に防ぐことはもちろんだが、自閉症の人たちが自閉症のままで安心して生活できるようになるまで、「構造化」はひとつの手段にすぎない。ひとりひとりが納得のいく支援へ、その先までおしすすめるためには、たゆまない工夫と努力が必要になるのです。根気と情熱がいる。精神論は時代にそぐわないといわれるかもしれない。しかしわたしたち職員が共生社会をめざすには情熱がいる。自立へと向かうには障害をかかえる彼らの意欲をひきださなければできない。心のない支援は伝わらないのだから。
研修はつぎの行動をうむ引き金でしかない。だからそれが血となり肉となるまで情熱をそそぎつづける。
 
                                                                                                
                                                                                             研修委員会委員長 内山智裕
 
 
須田初枝理事長、障害者自立更正等厚生労働大臣賞受賞
2015-11-10
  けやきの郷須田初枝理事長が、平成27年度(第65回)障害者自立更正等厚生労働大臣賞表彰を受賞されます。
須田理事長は、昭和53年に発足した、自閉症児者親の会全国協議会の設立にかかわり、以来、特に、教育の分野で、情緒障害学級の新設をはじめとし、50年近く、自閉症の人たち・家族の先頭にたって、自閉症の人たちが、幸せに豊かに生きるために一生を捧げてきたといっても、過言ではありません。
平成元年には、「親の会」が、「社団法人日本自閉症協会」(現在は、一般社団法人)になりましたが、協会になってからも副会長という要職で、障害者基本法の改正、発達障害者支援法の成立にも、中心となって活躍されてきました。
 昭和60年には、義務教育を終わっても、どこへも行き場のなかった自閉症の人たちのために生涯発達を保障する場として、21人の親たちの中心となって、日本では2番目にあたる自閉症者専門施設「社会福祉法人けやきの郷」を立ち上げました。
 ご存じのように「働くことを療育の中心に」「障害の重い人も軽い人も、ともに支え合って自立していこうー集団自立」の理念のもと、日本でただ一つの、自閉症の人たちだけのA型事業所(最低賃金を支払うことが条件)「やまびこ製作所」をはじめ、自閉症を中心とする発達障害の支援の場を次々に作り上げるなど、理事長としての活躍も受賞の中に込められていると思われます。
 「自閉症」が、社会的に、ほとんど周知されていなかった時代から、一貫して、自閉症の人たち・家族の先頭に立って牽引してきた須田理事長の足跡と功績を、けやきの郷の一員である私たちも学び、これからの支援につなげていく責任を果たしていきたいと思います。
 
 
北京市自閉症児リハビリテーション協会との交流会に参加して
2015-10-16
   
 けやきの郷には、毎年、海外から多くの見学の方がお出でになります。
中でも、北京市自閉症児リハビリテーション協会との交流は深く、副会長の朱春燕さんは、けやきの郷の「集団自立」に深く賛同し、北京での成人施設の設立をめざして、けやきの郷を4回見学。この10月には、北京での講演・発表を要請され、けやきの郷から5名のメンバー(伊得やまびこ製作所所長、川口やまびこ製作所職員、小笠原グループホーム施設長、白井和子評議員、真木さん親子)が訪中、大きな反響を呼びました。以下、代表して、伊得やまびこ製作所所長の報告を掲載します。
                  
 
北京市自閉症児リハビリテーション協会との交流会に参加して
           
                              
 10月16日から20日まで、中華人民共和国・北京市自閉症児リハビリテーション協会(以下「協会」という)の招聘により、けやきの郷代表(5名)として訪中しました。
 訪中の最大の目的は、北京大学医学部構内にあります講堂で18日に協会主催による、けやきの郷実践報告並びに北京市を中心とした全国から集った自閉症の子どもを持つ親・障害者施設を運営する経営者や支援者・学校の先生・医師等、障害者の社会参加と自立に向け積極的に関わりを持たれている方々との意見交換・交流にありました。
 交流会において最初に、贾美香会長より私たち訪中メンバー1人ひとりの丁寧な紹介をして頂き、私は、なるほど歴史と文化を重んじる国の方というのは、このようにして客人を心から大切にされるのかと、そのおもてなしの心に感動いたしました。
ここで贾会長は、2006年10月に日本自閉症協会の招聘により訪日した折、けやきの郷訪問の感想を次のように話されました。
「けやきの郷の創立、それはどれほどの困難な道のりであったことでしょうか?須田理事長・阿部常務理事を中心とした親たち(特に母親)21名があの住民からの強烈な反対運動に屈しなかったエネルギーはいったいどこからきたのでしょう。それは当時まだまだ日本社会において理解されていなかった自閉症という障害を持つ我が子のため、そして行動問題を抱え先の見えないトンネルの中で苦しむ全国の母子のため、これから活きいきと安心して暮らせる場を作り残すとのだという強い思いがあったからであると私は考えます。
 そのように考える事が出来たのは、実際にけやきの郷を訪問し、重い自閉症の人たちが集団自立という法人の理念のもと、実に溌剌と誇りと自信に満ち溢れて仕事をしている姿を見ることが出来たからです。
そして,このような施設を北京市にも創りたいという思いを強くしました。いつの日かけやきの郷の代表者をお招きし直接多くの方々にけやきの郷の実践についてお話しして頂ける機会をと考えておりましたところ、当協会の朱春燕副会長のご尽力によりまして、本日このように現実のものとすることが出来ました。
 中国においては、まだ自閉症の人たちにとって充実した成人の施設はありません。社会的にも障害者理解は進んでいないのです。
 今日は、けやきの郷から学び、そして中日の友好と自閉症児・者の幸せのために、手と手を取り合って共々に頑張って参りましょう。
 須田先生・阿部先生ありがとうございます。
 両先生にくれぐれもよろしくお伝えください。謝謝」
 実に謙虚な御挨拶に贾会長の高貴な人格を感じるとともに、私個人にとりましては、最後の両先生にくれぐれもよろしくお伝えくださいとのご伝言は、有名な中国の故事「水を飲む人は井戸を掘った人の恩を忘れない」を思い出させて頂くものとなりました。
 このような中での、けやきの郷実践報告となり責任の重さをさらに強く感じることとなりました。
 
交流進め、信頼関係を強化 
 
  はじめに、当法人の阿部常務理事より預かったビデオメッセージで、けやきの郷全体の事業所説明と理念の中心にある「集団自立」について紹介をしました。
  次に、私から、やまびこ製作所の実践をNHKの首都圏ネットワークで放映されたビデオや事業所パンフレットを使いながら集団自立の具現化に重きを置いて話をさせていただきました。また、創業する事の困難さ、安定的に事業運営を推進していく上での試練、それらを乗り越えていく力となった中国の故事「愚公移山」(この扁額が、初雁の家の玄関に飾られています)、今後さらに自閉症の人たちの所得の保障のための取り組みを多角的に進めていく決意を述べました。
そして、小笠原施設長・白井和子さんの話の後、質問会となりました。
 現在の中国における成人期障害者支援施設はまだ充実したものになってないとの背景から、働くことの本人への動機づけ・性に関する事等、また施設の運営費及び運営状況についても活発な議論が交わされました。
休憩時のフロアーでのことでしたが、江蘇省南京市から10時間かけて参加してくれた重度の自閉症の子をもつお母さんが、やまびこ製作所で一生懸命に材木運びをするメンバーに感激と感動した様子で、我が子と共に生きていく勇気と力を頂きましたと私に話してくれたのが、強く心に残っています。
 今回の訪中では、けやきの郷に対する過分な評価を受けてしまいましたが、すべて私たち職員への激励と受け止め、今回の経験を日常支援にそして各事業所の運営と発展のために生かしていくとともに、中国との更なる友好交流を広げて参りたいと思います。
 結びに、この度の訪中において、お世話になりました両国のすべての方々、特に通訳として、また旅の安全にも様々心配りをして頂きました、朱春燕副会長に最大の感謝と御礼を申し上げます。
 
 
 皆様、本当にありがとうございました。

                                 社会福祉法人 けやきの郷
                                 就労支援A型事業所
                                 やまびこ製作所
                                 所長 伊得 正則
 
 
けやきの郷創立30周年記念式典
2015-07-04
 
 
利用者も全員参加、 けやきの郷創立30周年記念式典で、「私たちの夢」を発表
 
 社会福祉法人けやきの郷は、いまからちょうど30年前の7月6日、最初の事業所である、入所施設「初雁の家」(定員50名)を開所しました。親が発起人となって設立した自閉症専門施設としては、日本で2番目です。
 ホームページでご覧いただければお分かりのように、建設用地をめぐって、地域住民の大きな反対を受け、「障害者の人権問題」として、マスコミにとりあがられたほどで、開所までに7年かかりました。
 発起人、わが子たちの思いをのせた開所式の2,3日前には大雨が降り、園庭は見事なほどの湖状態。それでも、やっと、わが子たちの居場所が出来た、生涯発達の場ができたことで、私たちの喜びは、どんなに大きかったことか!
それから30年。あっという間の30年でした。
重い知的障害をもった自閉症の親21名が発起人となって「生涯発達の場を」と設立したけやきの郷ですが、反対運動をバネとし、支えてとして打ち立てた「どんなに障害が重くても地域で自立していく」「障害の重い人も軽い人も共に支え合って自立していくー集団自立」との理念のもと、利用者のためにを旗印に、制度を先取りし、働く場と生活の場をセットとして先駆的に走ってきました。
現在、利用者は107名、職員も、パートの方も含めて100名ほど。
記念式典、それにつづく祝賀式には、70数名のお客様のほか、けやきの郷全事業所の利用者・保護者、職員も出席。300余名の参加となりました。
場所は、川越プリンスホテルの宴会場。いつもは、結婚式会場などで使われている場所です。写真のように、広々とした祝賀式場に、真っ白いテーブルクロスをかけた7人がけの丸テーブル。サイコロステーキのフルコースです。お皿の両脇には、ナイフとフォーク。前菜とスープから始まって・・・当たり前のことですが、重い障害をもった人たちが、家族連れで、こんな場所にくるのは滅茶苦茶勇気がいります。他人の目が気になったり、わが子が、突然、何か気に入らなくて、パニックになったら、などと思ってしまいますから、一度だって来たことのない親もいっぱいいます。でも今日は安心です。利用者の状況をよく分かっている職員がいるから安心していられます。
それぞれの利用者がおちついてフルコースを平らげているのを見て、いや、フルコースのセットがしてあるだけで、親の中には、涙ぐんでいる人もいました。
このお祝いに、お忙しい中かけつけて下さった国会・県会・市会議員の方々、県・市の行政の方々、自閉症協会、JDDネットワークはじめ、自閉症・発達障害関係の方々のお祝詞、乾杯につづき、タイの方たちによる祝典の舞が。タイダンスは「やまびこ製作所」でパートとしてお仕事をしているタイの職員の紹介でしたが、きらびやかなダンスに、利用者は釘付け。そして、いつもの「ぽかぽか」さんによる、けやきの郷のテーマソング「やったね」がはじまると、みんなイスから立ち上がり、お客さまもつり込まれて、一緒に踊り出す人も。
圧巻は、利用者による「私の夢」の発表でした。「やまびこ製作所」「グループホーム」「ワークセンターけやき」の利用者からの「ステーキを食べたいです・・・」「いっしょうけんめいお仕事して、ディズニーランドにいきます」「お母さんに、ありがとうをいいたいです」。そして、「初雁の家」の利用者が「ありがとう」の文字を書いたパネルを掲げたとき、みんな涙、涙・・・
北京からも、自閉症リハビリテーション協会の副会長である朱春燕さんもかけつけ「鵬程萬里」の書を掲げました。「中国とけやきの郷は、鵬のようにお互い海を越えて交流していきましょう」との意。私は、これを、「初雁からはじまったけやきの郷も、いまや鵬となって万里を越えていかなければ」と読み、朱さんと固い握手を交わしました。
3時間にわたった祝賀式でしたが、固く決意したのは、「原点への回帰」ということ。
草創の理念を、親も職員も再確認し、あらためてスタートをきること。利用者の生涯発達のために・・・
これからの30年をめざして行きます!
 
 
 
「想い」をつないで「力」に・・・・
2015-03-13
「想い」をつないで「力」に・・・・
「やまびこ製作所」の保護者会で
 
 
「やまびこ製作所」は、けやきの郷の中の就労継続支援A型事業所です。
といっても、A型って何?ってことですよね。
「やまびこ」って何?
ホームページに出ていますので、ご覧いただければと思うのですが、やまびこは、入所施設「初雁の家」についで2番目に開所した事業所で、パレットといって、木製荷台(すのこのような運搬台)を作っています。
A型とは、最低賃金を支払い利用者と雇用契約を結ぶことが条件の事業所。障害者の施設で最低賃金を支払うのは結構大変なので、全国でも、さほど多くはないのですが、まして自閉症の人だけのA型事業所は、ここ、やまびこだけです。
やまびこでは、26名の利用者のうち、18名が雇用契約を結び、月産12,000枚のパレットを製作。2人1組、あうんの呼吸で、通称エアガンという7気圧の釘打ち機で打っていくのです。それは見事です。
自閉症の人があうんの呼吸で? 2人1組で?と、コミュニケーションが難しいはずの自閉症のことをご存じの方ほど、不思議に思うかもしれませんね。でも、出来るんです。やっているのです。このほか、木材のカットや、できあがったパレットに社名を刷り込む作業もペアです。26名の利用者の中には、障害の最重度、重度の人が半分以上います。「障害の重い人も軽度の人も支え合って生きていく」―私たちは、これを「集団自立」と呼んでいますが、この集団で、しかも、自閉症の特徴を生かした「こだわり」―正確に、丁寧にが、製品づくりに生きている。そんな職場がやまびこです。
「想い」をつないだ保護者会―反対運動をバネにして
 ところで、3月13日、この「やまびこ」の保護者会がありました。お昼を、わが子たち、職員と一緒に食事し、保護者から、一言ずつの感想がありました。
 けやきの郷は、今年7月、最初の入所施設「初雁の家」を開所して30年。でも、開所までに7年かかりました。地域住民の反対にあったからです。発起人会を設立して3年目に、やっとみつけた4500坪の土地。当時、埼玉県には、障害者施設の建設にあたっては、半径300メートル以内の全住民の同意をとること、という行政指導がありました。予定地から350メートル離れたところにHニュータウンがあり、同意書をもらったのですが、書類提出の10日前に、突然、白紙撤回の申し入れがあり、大きな反対運動となりました。
① 、自閉症はキケンだ。婦女暴行、強盗火付け、カッパライ。②、このような迷惑施設
ができたら、土地の値段が下がり、財産価値が減る、という2つの理由からでした。
この反対運動は、障害者の人権問題として、マスコミにも取り上げられたので、ご存じの方もあるかもしれません。自閉症を知ってもらいたい、と、私たちは1500戸のニュータウンを個別訪問、ミニ説明会も含め、30回以上の説明会を開きました。木枯らしの中、トイレも使用できないように鍵をかけられた悲しみ・痛みは、いまでもはっきり覚えています。
 反対運動にあった私たちは、自閉症のことを分かってもらうには地域にでていくことだ、と、開所当初から、地域に働く場を見つけ、その一つが、パレット工場でした。そこで技術を身につけ、自立していこうと開所したのが、働く場としての「やまびこ」と、生活の場であるグループホームでした。制度が十分でないなか、親も食事づくりなどして、必死で支えてきた20年・・・。
 保護者会で、体調の悪い母親に代わって出席した妹のAさんが、「私はまだ5歳だったけど、母に手を引かれて、空っ風の中、お願いに歩いたH村のことは、はっきり覚えています。いま、兄は、あのときの兄から、こんなに成長しました。これからも母の想いを引き継いで、一緒にがんばっていきます」と発言。途端に、保護者の中の発起人も、あとから入ってきた利用者の親も、この4月から入る利用者のお母さんも、涙、涙となりました。37年の重みと想いがいっぱいつまった言葉だったからです。
 やまびこを、けやきの郷を支えてきたのは、このような「想い」。家族の、職員の「想い」そして、それを「力」に変えたからなのです。
 「人間として、豊かで、幸せで、責任をもって人生を送る」との理念のもと、「働く誇り!生きる喜び!」を体現している彼ら。そのための環境を整え、企業の信頼を勝ち得てきた職員。「まだまだ、これからもずっと発展途上です」という所長ですが、その職員とともに歩んできたわが子らが、これからは、「想い」を伝えていく番です。ことばがなくても、その後姿から、その働く顔から、輝く目から、「想い」を感じ取り、「力」に変えるのが職員。
そんなけやきであってほしい。そんなけやきであるだろう・・・昼食会から、そんな願いと希望を、Aさんの涙から、私たちは感じとったのです。
 
 
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